Hjertelig velkommen!

子育てメインの雑記ブログ。1歳の娘と夫との日々や、考えたこと、好きなもの・ことなどについてつらつらと。本と音楽とカメラが好き。

娘のテレビっ子を止めさせたい理由。娘のためではなく、私のため。

前回の記事では突然「脱テレビっ子への道のりその1」なんてシリーズっぽいタイトルをつけていました(その後いろいろ考えて、タイトルから削除してしまったんですけど)。

最近ブログに書こうかなと思っていることをピックアップしてみたら、テレビを見せることの代替案っぽい内容がいくつかあるなと気づいて軽い気持ちで。

記事をアップする直前に、「このタイトルだとテレビを悪者にしてるように見えてしまうな、それは本意ではないな」と心配になり、先に私のテレビへの考え方を書いておいたほうがいいかなと思ったのですが、ちょうど夫が帰宅しそうだったのでそのままアップしてしまいました。いつも夫の帰宅までが私の自由時間。

ということで今回は、テレビについてです。

 

テレビの存在に本当に助けられている

ぽよに初めてEテレを見せたのは、産後退院してから1週間後でした。

子どもができたらEテレを見せるものだと思っていたし(自分やきょうだいも見ていたし)、童謡など子ども向けの歌なんてなんにも知らないからテレビで覚えるつもりで。

ぽよは割と早い段階からテレビに興味を示していたし、私も歌はEテレからしか仕入れていないしで、ぽよはEテレの曲で育ってきたと言っても過言ではありません。今でも親子共々Eテレ漬けです。

 

朝夕のEテレなしでは家事もできない。

二人目妊娠のつわり期(1月~2月)にはいつも以上にかなりテレビを見せたし、特にピークだった1月には1日中つけっぱなしなこともありました。

両実家とも遠方で夫も激務の中つわりをやり過ごすには、テレビが必須でした。

 

「わーお」とか「ブンバボーン」を覚えてどんどん踊れるようになっていく姿は本当にかわいくて、テレビなしで歌やダンスを教えるなんて私には無理なので、テレビ様様。

最近のぽよのお気に入りは「みいつけた」「えいごであそぼ」「トーマス」です。「にほんごであそぼ」も興味が出てきたみたいで「びだくおん」踊っています。

 

それでもテレビ漬けを止めさせたいのは、私の心の平穏のため。

あまりテレビに頼らない育児をされている家庭もあると思いますし、育児書なんかにも「見せ過ぎはよくない、1日○時間まで」なんて書いてあったりしますが、

その理由って

  • 子どもにはテレビの音や光の刺激が強すぎる
  • テレビは受け身なので子どもの想像力や言語力を育てるのを阻害する
  • テレビでは子どもの心の豊かさや想像力は育たない

…など、「子どもの健全な発達のため」がほとんどですよね。

 

でも私はそんな立派なことを考えられる余裕はありません。

私は、テレビを見せすぎているという罪悪感」から逃れるためテレビに頼りすぎるのをやめたい、と思っています。

完全に自分のため。自己中。だってぽよはテレビ大好き。それを奪うのは完全に私の都合です。

 

以前も書いたことがありますが、育児中の自分を追い詰めるのは「自己嫌悪」や「罪悪感」。

テレビを長時間見せていると「やっぱり見せ過ぎかな」「私ってダメな母親かな」とネガティブなことを考えてしまう。

外に連れ出して公園やショッピングモールで過ごしたり、家でもテレビなしでたくさん遊べた日は「今日は充実した日だった」と感じたり、「今日はいい母親できたかな」という気になる。

後者のほうが、体力的にはしんどくても精神的にはとても楽で、心が健全でいられるんですよね。

なのでできるだけ、自分の心が楽になる方を選びたい。ただそれだけです。

 

広い公園で過ごしているときは本当に心が穏やかでいられます。

 

自分が感じた「心のひっかかり」を大事にしてみようかなと思う

そもそもなぜテレビを見せすぎると罪悪感を感じるのか?については、自分でもはっきりとはわかりません。

やっぱり巷で言われている悪影響が気になっているのか、

もともと私も夫も家でテレビをつけっぱなしにする習慣がない(ずっとついてると疲れる)からなのか。

でも、「家にテレビがない」とか「テレビはほとんど見せていない」という方のブログを読んでショックを受けたりとか、

ぽよと同い年の甥っ子の動画を見る度、必ずバックに流れているテレビの音に「いつもテレビついてるんだなぁ」と思ってしまう嫌な自分がいることに気づいたり、と

やっぱり何かしらテレビに関しては心にひっかかるものがあるようなんです。

育児に関して具体的な方針をあまり持っていない私ですが、この「心のひっかかり」が何かしらの指針になるような気がしています。

 

というのも先日、ブロ友さんのブログで「子どもに何か食べさせながらベビーカー移動している人が気になる」という記事を読んだ後、

「あぁ私も過去にやってしまってたことがあるーーー」と凹んでしまったり、

「いやでも都内の電車で騒がれるよりは、静かにしててくれた方がマシだったはず」と自己弁護してしまったりと、しばらくそのことについて考える事が多かったんです。

でもずっと考えているうち、「これだけこの件について考えるということは、やっぱり自分の中で何か気になるからなんだろうな」と思うようになり。

そういえば自分も、電車内でぽよにお菓子をあげたことはあるけど、ベビーカーを押している時子どもに袋を持たせてひとりで食べさせることには抵抗があることや、

電車内でよくぐずる時期にお菓子に頼ったことはあったけど、ぽよの興味が広がってきてお菓子以外でも気を引けるということがわかってきてからはお菓子に頼らないようにしていたなぁ、と気付き、(そしてそれだって、ぽよのためにしようと思ったわけではなく、自分が人の目を気にしたり後ろめたさを感じたりしていたから)

「あぁ、やっぱり私も『ベビーカー・電車でお菓子』はあまりしたくないと思うタイプなんだな」ということを自覚したんです。

こういう「心のひっかかり」が少しずつ自分の方針を作っていくのかなと。

 

そういうわけで、なるべく「心のひっかかり」を取り払う、罪悪感を感じにくくする方向でやっていこうかなと思っています。

そのひっかかりが今の私にとってはたまたま「テレビを長時間見せること」だった。

もしこれが、「外出ばかりして外食が増えること」とか「家にいる時間が少なくて家事がおろそかになること」の方が罪悪感を感じる、という場合には、逆にそれを解消するために家で過ごす時間を増やしたりテレビに頼ったりすればいいのかな、なんて思います。

 

 

 

そもそも自分に自信のない私としては、親が「子どものため」と思ってすることの効果をそれほど信用できないところがあり、

親がどうやって子育てしようが、子どもはそのうち自分で良し悪しを判断して取捨選択して、自分なりのやり方や価値観を見出していくんじゃないかなと思っているんです。

現に私だって、実家では常にテレビがついていて、夜は民放のバラエティーがついていることがほとんどでしたが、

今ではテレビはつけてもほぼNHK、民放は見たい番組だけピンポイントで録画するだけという、実家とは完全に別のスタイルですしね。

NHK以外で見てるのは、「カルテット」、「東京タラレバ娘」、「ガキ使」くらいかな。関東に来てお笑い系の番組をほぼ見なくなってからテレビ離れが進んだかも。

 

テレビを見せすぎると言葉の発達が遅くなるとか言われても、ぽよは私が教えてないことばもどんどんテレビから吸収してますし。

 

 

それから、こんな記事↓もあります。

テレビやスマホを悪にして、子育て中の親を追い詰めるような風潮ってほんとどうかと思います。

dual.nikkei.co.jp

dual.nikkei.co.jp

スマホがなかった時代だってテレビやビデオに頼ってただろうし、もっと前なら親・祖父母は畑仕事に出て子どもは家に放置してたってのもよく聞きますし。

昔の人が偉かったわけではなくて、たまたま今は便利なものがたくさんあるよってだけ。)

 

 

 と、これだけ「テレビに頼りすぎるのをやめたい」と連呼していますが、

目指すところだって甘々で、朝夕のEテレは絶対削らないつもりなので1日最低でも3時間は見ることになります。最低ですからね、実際はもっともっと。

ちなみに今手持ちの育児書見たら「1日2時間」って書いてありましたがね。無理無理。

 

せめてもの罪悪感逃れとして、テレビの画面ちっちゃくして見せてます。笑

わかりづらいですかね、2画面表示(インターネットとかを同時に見られる画面)にして片方を何もつないでない端子に設定して真っ暗な画面に。

意味あるのかな?笑

 

そしてこんな記事を書いてる今日も、天気が悪いので引きこもってぽよとテレビ見ます。Amazon Primeでトーマスの映画でも見ようかな。

 

長い記事、読んでいただきありがとうございました。

にほんブログ村 子育てブログ 2015年4月~16年3月生まれの子へ
にほんブログ村